ss180228レベル1のヘルゲート 「焼き鳥と真実のマッチ」
キキキーっ。自転車のブレーキ音が辺りに響く午後一時。
「ただいま戻りました」
俺は忙しい昼の出前を終えて店主に告げた。
「おう、小僧戻ったか。まぁ飯を食え。
そして食いながら依頼を聞け」
「了解しました。あ、これ返却の丼ぶりです。
んじゃ、自転車片づけてきます」
おう、と厨房から店主の野太い声が聞こえた。
自転車を片づけながら俺はつぶやいた。
「いつになったら俺の世界に帰れるんだろ、はぁ」
あ、俺、唯の出前のバイトだけど、
今いる世界、地球じゃなくて異世界ナンデス。
いやぁ、最初は困ったよ?
何しろここはどこ?家はどこ?腹減ったどうしよう
と悩んでいたら、
この世界では異世界人って結構出現するらしく、
対応ばっちりお役所仕事サクサク進んで
家も職ももらえて、一応元の地球の移転時間に
合わせて戻れるよう確認してくれるという
親切ぶりだった。
で、紹介された職が住み込みの食堂の出前持ち。
この世界って、魔法があるけれど
一般人はそんな大して使えない世界。
まだ馬車が活躍している生活水準なのに、
何故か自転車はあった。
何故だ?文明の発展手順が違うくね?
と思ったけれど、どうやら
俺より以前に異世界転移しちゃった人が
魔術師と協力して根性で作り上げたらしい。
でも、庶民にとってはちょっと手を出すのは
ためらう値段なのに、
何故か店主が持っていて、
俺に出前の時に使えと貸してくれた。
ただし、出前の中身がこぼれない装置は
開発してくれなかったので、
俺は店主のシゴキじゃなくて猛特訓で
中身をこぼす事無くお客さまに届ける
事ができるようになった。
「で、店長。次の出前先はどこですか?」
おれは賄いの飯を食べ終えて店主に尋ねた。
「おう、いつもの『ヘルゲート』だ」
俺の身体に緊張が走る。
「王立魔術学院ですね」
「そうだ。そこへ出前だ」
ー王立魔術学院。そこは偏屈魔術師の集まりだった。
本来、国の一機関に出前を届けるのに
身構える必要はない。
だが、そこは偏屈魔術師の巣窟。
自分の魔術を使いたくてたまらない連中の集まりだ。
裏門?怪しげな魔術道具が所狭しと置かれていて
いつ何が発動するかわからない道を通れるのは
魔術に精通する業者でないと危なくて仕方がない。
正門も「休戦協定」というやつが発動しないと
一般人は通れない。
それなしで唯一出前を届けられるのがこの俺だ。
「アイサー、俺はどんな出前もこなしてみせます!」
「うむ、いつも素直で元気でいいことだ。
かならずやこの任務を成し遂げる事を信じている」
「了解です。では、この丼2人前を届ければ
いいのですね」
「うむ、冷めんうちに届けてこい」
「ハッ」
俺は挨拶もそこそこに愛自転車に飛び乗った。
頬にあたる風が心地よい。
(今日の出前は絶好調だ。
いつもこうだといいものだな)
おれは愛自転車をサ―っと走らせながら
そう思った。
そして、ヘルゲートこと王立魔術院にたどりついた。
そしてゲートから王立魔術院への正面玄関まで
愛自転車を走らせていると、
キキ―っ。
俺は急ブレーキを引いた。
「おい、危ないだろう。て、大丈夫か」
俺の自転車の前に、黒いフードを被った
全身黒ずくめの多分魔術師が現れ
「ふはははは ぐぅ」と叫んだかと思うと
勝手にパタリと倒れたのだ。
俺は慌てて多分魔術師に駆け寄った。
すると奴は上半身を起して
「お、お腹が空いて倒れたわけじゃないからねっ
そこの石につまずいて倒れたんだから」
「いや、お前は嘘をついている。
ここの道はクリーンを専門に研究している
魔術師が、清掃持続魔法をかけているので
いつも綺麗な状態を保っているし、
お前が今倒れた位置にも石はない。
以上だ」
「くっ、だったらそこの出前を寄こしなさいよ。
道端で飢えた人間がいたら助けるのが
人道というものでしょう?」
「?これは注文主からお代をいただいて
届けている物なのでやるわけにはいかん。
しかも王立魔術院には補助食がたくさん
あるだろう」
すると魔術師の女は急に立ち上がり
「ああ、わかんないの?あたしはあんたの
出前を失敗させる為にいるのよ。
王立魔術院には通さない・・・って
お腹が空いて力が出ない~」
そして魔術師の女はへなへなと座り込んだ。
「なるほど、ならば尚更
この出前をやる事はできん
さらばだ」
と言って俺が愛自転車に向かうと、
「待って。あたしドジでまぬけで
ビリッカスなの。
きょうもあんたを倒して
魔術師としての腕を上げて来いと
先輩にハッパをかけられたのよ。
だからこのままだとあたし・・・」
そう言うと魔術師の女は
シクシクと泣きだした。
俺はじっと彼女を見たが、
ふいっと、正面玄関に行き、
出前の注文を出てきた注文主に
渡した。
そして、正面玄関から
まだ泣いている魔術師の女に
懐から焼き鳥を一本差し出した。
女は大粒の涙を流しながら
「何よ!出前届けて今さら
焼き鳥なんか出してどうする気よ」
「確かに注文主の出前をお前に
やる訳にはいかない。
だが、この焼き鳥は俺のだ。
要は、俺から食べ物を奪えば
いいんじゃないのか。」
あっと女がつぶやいた。
「ただし条件がある。
なんか魔術をやってみろ」
そう俺が言うと、魔術師の女はうなずいて、
マッチを取り出した。
そしてマッチをすると
「燃えろ、未だ見ぬうつし世の輪廻を紐解け」
と呪文を唱えた。
するとマッチの炎が大きく燃えあがり、
その中で俺が誰かに頬を打たれていた。
「あ、この娘は焼き鳥屋の娘で
この焼き鳥をくれた子だ、スタミナつけろとか
言ってたな」
その子はマッチの炎の中で
両手の人差し指の先を合わせて
何か照れながら言っていた。
それに俺が応えた瞬間、
平手打ちを俺に喰らわせたのだった。
「・・・」
マッチの火が消え二人の間に
きまずい沈黙が流れた。
「ま、まいった。この焼き鳥はお前の物だ」
おれは焼き鳥を彼女に渡した。
「う、うん。ありがとう、むぐむぐ
おいしいね、これ、鳥のどこの部位なの」
「ああ、これは『白子』と言って鳥の睾丸だ」
次の瞬間、魔術師の女が
「いやぁあああああ」と叫んで
俺に平手打ちを喰らわせ、俺は愛自転車ごと
吹っ飛び、ヘルゲートを飛び越えた。
彼女はうわぁあああんと鳴きながら
王立魔術院の玄関に駆けこんだ。
俺は愛自転車が無事なのを確認して
ホッとした。
その帰り道、魔術師の女のマッチの炎が
実現したのは言うまでもない。
「何故だ?」
俺は両頬の平手の跡が
ジンジンするのに泣きそうになった。
了
HP
