SS 220225 白紙18
SS 220225 白紙18
春。
既に大地は深き眠りを脱し
馥郁(ふくいく)たる新たな命の息吹が
小さな声をあげ始める時となる。
しかるに吾輩の机には
牝牛が静かに垂らす乳で覆われたような
原稿用紙が鎮座している。
「あなた、即身仏にでもなるのですか」
そう言って、愚妻がお茶と饅頭を
机の脇に置く。
吾輩はその饅頭を一口食べて
「何故、吾輩が即身仏にならねばならぬのか」
と、問えば
「だってさっきから微動だに一つしないんですもの。
てっきり食を立って仏門に入り世の為人の為に
お祈り三昧の世界に天職するのかと思いましたわ」
「それはこの饅頭を食べた時点でありえん世界だな」
「そのようですね」
「そもそも吾輩が悩んでいるのは、
あのいまいましい編集者から依頼のせいなのだ。
あ奴め、若造のくせに吾輩にミステリーを書けと
言ってきたのだ」
「あら、あなたにミステリーですか」
「そうだ」
「で、何か案があるのですか」
「うむ、一一応考えているのはいるのだ。
品のいい着物を着た老婦人の家に
百貨店の外商がやってきて
赤いハイヒールを勧めるのだ。
しかし、そのハイヒールを履いた老婦人は
突然倒れる」
「はぁ、それで」
「そのハイヒールには、端を両方尖らした毒針が
埋め込まれていて老婦人が「あ、痛い」と言った瞬間
倒れるのだ!」
「・・・それで犯人は?」
「老婦人に横恋慕した百貨店の靴売り場の若い店員だ」
「・・・あなた。
私、思うのですけれど編集者さんと一度話し合うか
即身仏に転職した方がいいと思いますわ」
そう言いおいて愚妻はパタンと扉を閉めた。
「この原稿を埋めないと、孫に好きな物を
買ってやれないのだぞ!まったく」
吾輩はドアに向かって叫んだ。
そして必死になって原稿を埋めた。
出来上がったミステリーは
『百貨店の外商は犯人を訪問する』
というタイトルでそこそこ売れたのだった。
了
善き事がありますように。
お読みいただきありがとうございました。
よろしければ左サイドバーの
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押して下されば幸いです。
宇宙生物ぷりちーぴm(__)m
春。
既に大地は深き眠りを脱し
馥郁(ふくいく)たる新たな命の息吹が
小さな声をあげ始める時となる。
しかるに吾輩の机には
牝牛が静かに垂らす乳で覆われたような
原稿用紙が鎮座している。
「あなた、即身仏にでもなるのですか」
そう言って、愚妻がお茶と饅頭を
机の脇に置く。
吾輩はその饅頭を一口食べて
「何故、吾輩が即身仏にならねばならぬのか」
と、問えば
「だってさっきから微動だに一つしないんですもの。
てっきり食を立って仏門に入り世の為人の為に
お祈り三昧の世界に天職するのかと思いましたわ」
「それはこの饅頭を食べた時点でありえん世界だな」
「そのようですね」
「そもそも吾輩が悩んでいるのは、
あのいまいましい編集者から依頼のせいなのだ。
あ奴め、若造のくせに吾輩にミステリーを書けと
言ってきたのだ」
「あら、あなたにミステリーですか」
「そうだ」
「で、何か案があるのですか」
「うむ、一一応考えているのはいるのだ。
品のいい着物を着た老婦人の家に
百貨店の外商がやってきて
赤いハイヒールを勧めるのだ。
しかし、そのハイヒールを履いた老婦人は
突然倒れる」
「はぁ、それで」
「そのハイヒールには、端を両方尖らした毒針が
埋め込まれていて老婦人が「あ、痛い」と言った瞬間
倒れるのだ!」
「・・・それで犯人は?」
「老婦人に横恋慕した百貨店の靴売り場の若い店員だ」
「・・・あなた。
私、思うのですけれど編集者さんと一度話し合うか
即身仏に転職した方がいいと思いますわ」
そう言いおいて愚妻はパタンと扉を閉めた。
「この原稿を埋めないと、孫に好きな物を
買ってやれないのだぞ!まったく」
吾輩はドアに向かって叫んだ。
そして必死になって原稿を埋めた。
出来上がったミステリーは
『百貨店の外商は犯人を訪問する』
というタイトルでそこそこ売れたのだった。
了
善き事がありますように。
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