SS221007 ご注文は「秋色の珈琲を」
SS221007 ご注文は「秋色の珈琲を」 :
秋。
街路樹の色づいた葉が
秋の柔らかな陽射しをくるくると
回しながら舗装された道路へと
落ちてゆく。
そんなショッピング街の一角に
昭和レトロな喫茶店があった。
私は、そのドアを見つけた時
両手に持ったショッピングの袋に
目をやった。
(ちょっと休憩していこうかな)
私は喫茶店のドアを開けた。
カランコロン
ドアの呼び鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ」
初老の人のよさそうなマスターが
カウンターの内側から声をかける。
お昼は過ぎていて混んでいない。
私はキョロキョロと周りを見わたして、
道路に面した四人掛けのテーブル席に
座ることにした。
荷物を窓際に置いて上着を脱ぎ、
その横に腰かける。
そうして私が落ち着いたころ、
マスターが、
お冷とおしぼりとメニューを
持ってきた。
マスターは、
「ご注文がお決まりになりましたら
お呼びください」
そう言って、お辞儀をして去ろうとしたので、
私は思わず
「秋色の珈琲を・・・そう秋色の珈琲をいただけるかしら」
マスターはちょっと驚いた顔をしたけれど
「かしこまりました。秋色の珈琲ですね。
その他のご注文はいかがなさいますか」
「えーと、そう秋色の珈琲に合う
デザートをお願いするわ」
「かしこまりました。
それではしばらくお待ちくださいませ」
そう言ってマスターはお辞儀をして
カウンターへ行った。
店内は軽妙なジャズが流れていた。
人の会話を邪魔しないそれでいて
気分を明るくするテンポで。
私はジャズを聞きながら
頬杖をついて窓の外を眺めていた。
(秋色の珈琲なんて変な注文しちゃった)
時間が経てばそんな思いが湧き上がる。
だけどマスターは顔色一つ変えずに
注文を受けるし、まぁいいわ。
来てのお楽しみということで・・・
「お待たせいたしました。
ご注文の秋色の珈琲とデザートです」
目の前に置かれたのは
ホット珈琲とカステラ、そして薄い本が一冊。
珈琲からはチョコレートの香りが微かにする。
そう、どことなくカフェモカっぽい。
そして本のタイトルは
「『ご注文は秋色の珈琲を』?」
「はい、平成生まれのお客様には
大正時代は昭和よりも遠いと存じますが、
大正時代は『モガ』と呼ばれる
西洋文化の影響を受けて新しい風俗や流行を
取り入れた女性が存在しました。
そのご本は、そんなモガでいらした
有名女流作家がお書きになった小説です。
当時は珈琲にチョコレートを入れて
飲むのが流行っておりました。
カステラも大正時代にモダンなお菓子として
もてはやされていたのです。
お客様のご注文に合わせてみたのですが
いかがでしょうか」
私は『ご注文は秋色の珈琲を』を
パラパラとめくった。
そして最初から読み始めた。
そしていつかその本の世界に
のめり込んでいった。
良家の子女に生を受けた彼女が
大正時代の流行にのって
華やかな生活を送る日々を
懐かしんで書かれていた。
そこには身分差による
彼との恋心も赤裸々に書かれていた。
(古い話なのに今と変らないのね)
私はそこまで考えてハッと
本から現実世界に戻った。
マスターがカウンターからニコリと笑って
珈琲を持ってきてくれた。
「お取替えいたします」
「あ、あの。すいません、長居してしまって」
「いいのですよ。よろしかったら
その本を差上げましょう。
ご注文された珈琲ですから」
「で、でも」
「ふふ、では、デザートと珈琲代だけいただきます。
その本は私の祖母が書いた物でしてね。
まだ、私の手元に数冊ありますからお気になさらず」
「そ、そうですか。ではお会計をお願いいたします」
「はい、それではまたの起こしをお待ちしております」
カランコロン
ドアを開ける呼び鈴が鳴る。
気付けば空はとっぷり闇に暮れていて
街燈とネオンが煌めいていた。
私はそんな街を歩きながら、
大正時代のモガ達も闊歩しただろう
この路をなんだか不思議な気持ちで
帰路につくのだった。
了
善き事がありますように。
お読みいただきありがとうございました。
サイドバーにある、お好きなアイコンを
ぽちりと押して下さり、
ショッピングなどのぞいて頂ければ
望外な喜びです。
宇宙生物ぷりちーぴm(__)m
秋。
街路樹の色づいた葉が
秋の柔らかな陽射しをくるくると
回しながら舗装された道路へと
落ちてゆく。
そんなショッピング街の一角に
昭和レトロな喫茶店があった。
私は、そのドアを見つけた時
両手に持ったショッピングの袋に
目をやった。
(ちょっと休憩していこうかな)
私は喫茶店のドアを開けた。
カランコロン
ドアの呼び鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ」
初老の人のよさそうなマスターが
カウンターの内側から声をかける。
お昼は過ぎていて混んでいない。
私はキョロキョロと周りを見わたして、
道路に面した四人掛けのテーブル席に
座ることにした。
荷物を窓際に置いて上着を脱ぎ、
その横に腰かける。
そうして私が落ち着いたころ、
マスターが、
お冷とおしぼりとメニューを
持ってきた。
マスターは、
「ご注文がお決まりになりましたら
お呼びください」
そう言って、お辞儀をして去ろうとしたので、
私は思わず
「秋色の珈琲を・・・そう秋色の珈琲をいただけるかしら」
マスターはちょっと驚いた顔をしたけれど
「かしこまりました。秋色の珈琲ですね。
その他のご注文はいかがなさいますか」
「えーと、そう秋色の珈琲に合う
デザートをお願いするわ」
「かしこまりました。
それではしばらくお待ちくださいませ」
そう言ってマスターはお辞儀をして
カウンターへ行った。
店内は軽妙なジャズが流れていた。
人の会話を邪魔しないそれでいて
気分を明るくするテンポで。
私はジャズを聞きながら
頬杖をついて窓の外を眺めていた。
(秋色の珈琲なんて変な注文しちゃった)
時間が経てばそんな思いが湧き上がる。
だけどマスターは顔色一つ変えずに
注文を受けるし、まぁいいわ。
来てのお楽しみということで・・・
「お待たせいたしました。
ご注文の秋色の珈琲とデザートです」
目の前に置かれたのは
ホット珈琲とカステラ、そして薄い本が一冊。
珈琲からはチョコレートの香りが微かにする。
そう、どことなくカフェモカっぽい。
そして本のタイトルは
「『ご注文は秋色の珈琲を』?」
「はい、平成生まれのお客様には
大正時代は昭和よりも遠いと存じますが、
大正時代は『モガ』と呼ばれる
西洋文化の影響を受けて新しい風俗や流行を
取り入れた女性が存在しました。
そのご本は、そんなモガでいらした
有名女流作家がお書きになった小説です。
当時は珈琲にチョコレートを入れて
飲むのが流行っておりました。
カステラも大正時代にモダンなお菓子として
もてはやされていたのです。
お客様のご注文に合わせてみたのですが
いかがでしょうか」
私は『ご注文は秋色の珈琲を』を
パラパラとめくった。
そして最初から読み始めた。
そしていつかその本の世界に
のめり込んでいった。
良家の子女に生を受けた彼女が
大正時代の流行にのって
華やかな生活を送る日々を
懐かしんで書かれていた。
そこには身分差による
彼との恋心も赤裸々に書かれていた。
(古い話なのに今と変らないのね)
私はそこまで考えてハッと
本から現実世界に戻った。
マスターがカウンターからニコリと笑って
珈琲を持ってきてくれた。
「お取替えいたします」
「あ、あの。すいません、長居してしまって」
「いいのですよ。よろしかったら
その本を差上げましょう。
ご注文された珈琲ですから」
「で、でも」
「ふふ、では、デザートと珈琲代だけいただきます。
その本は私の祖母が書いた物でしてね。
まだ、私の手元に数冊ありますからお気になさらず」
「そ、そうですか。ではお会計をお願いいたします」
「はい、それではまたの起こしをお待ちしております」
カランコロン
ドアを開ける呼び鈴が鳴る。
気付けば空はとっぷり闇に暮れていて
街燈とネオンが煌めいていた。
私はそんな街を歩きながら、
大正時代のモガ達も闊歩しただろう
この路をなんだか不思議な気持ちで
帰路につくのだった。
了
善き事がありますように。
お読みいただきありがとうございました。
サイドバーにある、お好きなアイコンを
ぽちりと押して下さり、
ショッピングなどのぞいて頂ければ
望外な喜びです。
宇宙生物ぷりちーぴm(__)m
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